無宿は自給自足であった
農村が
貨幣経済の浸透により商品市場として開拓されていった結果、はみ出していった「
落ちこぼれ」である。封建社会において権力者より一切の保護を拒絶され、農村に住む事は許されず、都市においても住居・就職のための後見人が得られない。他者からの迫害についても訴えることすら出来ない存在である。同時に「金さえあれば」衣食住においてなんとか凌いでいける時代でもあり、このため生きるための手段として「バクチ」で生計を立てる博徒の道を選ぶ無宿者が多かったとされる。
都市にすむ事を許された「無宿居住」は同じ無宿人と相互扶助をする義務を負っているとされる(
戸羽山瀚の説明より)。具体的には土地の親分は「無宿旅人」即ち旅人の世話を義務づけられていた。仁義という相互扶助の精神で表現されるが、同時に旅人はこの旅において厳しい掟に縛られているため苦労も多かったとされる。それゆえか最下層の民としての記憶が(物言わぬ者たちの)情念の世界へと変わり大衆娯楽の題材として現在まで知られている。彼自身は富農の子であるが
国定忠治は大衆芸能の代表である。