しかし、その後、前衛美術の範囲は、戦後にかけて大きく広がり、このような区別は曖昧となり、現在では、一般にフォーヴィスム、キュビスム、未来派なども含めて、前衛美術と呼ばれることが多い。
前衛という概念が盛んに使われていたのは
第二次世界大戦後しばらくまでと思われる。もともと軍隊用語であった「前衛」という言葉には、何かに対する攻撃というニュアンスがある。それはかつては、フランスの
芸術アカデミーを中心とした保守的な「アカデミック」な美術であり、
貴族や
ブルジョワなど社会の
保守階層に対する攻撃と同じであった。第一次大戦後の頃は、前の世代の前衛美術や、資本主義体制への攻撃であった。それは次第に「
美術」(
ファインアート)という西洋に18世紀以降確立した概念に対する攻撃となり、自分自身に対する攻撃になって「美術」がなんとなく拠って立っていたところを片端から崩していった。しかし、こうした反芸術的な運動も、次第に「優れた芸術」として「美術」の元に回収されることとなる。
70年代以降、芸術家や思想家達にとっても、「敵」の見えない時代となった。高度
資本主義を敵とし、その広告や商品を逆に流用した
シミュレーショニズムや、
ジェンダーの存在を敵とする
フェミニズムの美術などがあるが、かつてのように確固とした打ち倒すべき社会や美術の
権威が見えなくなったことが、美術の潮流が一つだけで語れなくなった原因であろう。かつて「前衛」のある部分を駆り立てていた
共産主義思想が退潮したことも一因と思われる。